Ikigai Spotlight Series: セキララカードのファウンダー藤原紗耶
- Emma Launder

- 4 日前
- 読了時間: 12分
「自分に対して素直に生きる」を突き進んで
「生き甲斐」という言葉は、日本人には馴染みのある言葉ですが、外国人にはやや抽象的な概念に感じられるかもしれません。
このシリーズを始めた動機は、現在世界中で注目を浴びている『生き甲斐図』に違和感を感じたことでした。この型にはまった『生き甲斐方式』が、本来の『生き甲斐』の意味合いとは違った形で一人歩きしているように思えるのです。
「生き甲斐」は、人生を豊かにするための一つの鍵であるとともに、一定の方程式を持たず、時とともに変化していくものだとMOGAMI 最上ウェルネスでは提案しています。
その一つのソルーションとして、『ありのままの自分・自分らしさ』を貫いている方々の実際の体験談や、ライフストーリーを皆さんと共有。そして、みなさん一人一人の心の内から生まれてくるであろう『生き甲斐』について、考えるきっかけになって欲しいと願っています。
MOGAMI 最上ウェルネスでは、この「生き甲斐」にスポットを当て、「生き甲斐スポットライトシリーズ」を配信してます。
今月の特集ゲストは、セキララカードのファウンダー・藤原紗耶さん。恋愛の中で感じてきた悩みやチャレンジをきっかけに、対話を通して人と人との関係性を深めるカードゲームを制作し、心身ともに健やかに生きることの大切さを社会に伝えています。

まずは、自己紹介をお願いします。
セキララカードを作っている、藤原紗耶と申します。セキララカードは、シンプルなカード1枚に1つの質問が書かれていて、カップルであればパートナーと一緒に答えていく話題カードゲームです。たとえば、「最近、相手に愛されたと思った瞬間は?」など普段は照れて言えないけど言ったら嬉しい、言われたら嬉しいようなカードがあります。他には、「あなたにとって浮気の基準は?」「相手にされて嫌なことを伝え合おう」など、本当は伝えたいけれど、言葉にしづらい内容もあります。話し合ったほうがいいと分かっていても、自分からはなかなか話す機会がない。そんな絶妙なバランスの質問を集めた50枚のカードです。
作るきっかけとしては、私自身が恋愛に対してかなり拗らせた経験があるからです。以前は好きな人がいても、どうしても離れられるのが怖くて、相手に対する疑問や不安を言えませんでした。たとえば、「今すごく傷ついた」「店員さんへの言葉遣いが悪い」など、不満が出てきても、それを言えない関係がとても多かったです。友達に相談すると、「話したほうがいいよ」とアドバイスされました。私も分かっていたのですが、実際にそれを行動に移すのが、とても難しかったです。
ほかの人に話してみると、私だけではないということが分かりました。恋愛に関するメディアはたくさん溢れていますが、どうすればいいのかは分かっていても、実際に行動することが一番難しい状況だと感じました。そのハードルを越えるために、私が注目したのは、日常的で大衆向けなものです。ゲーム感覚で対話につなげていけるカードでした。
実際にパートナーと使ってみたときに、今まで話せなかったことを話せたという感覚があって、とても嬉しかったです。話したことで、離れていってしまう、傷つけてしまうかもしれない、ということはなくて、本当に2人が2人のために、2人のことを考える時間になりました。より絆が生まれたように感じました。この安心感は、自分で作れるものなんだと実感したので、この感覚を色んな人に感じてほしいという気持ちで、カードを作り、今販売しています。


藤原さんにとっての「生きがい」や、自分の存在意義のようなものはありますか?これまでどのように変化してきましたか?
自分に対して素直に生きる、ということは、若い頃からずっと大切にしてきたことです。高校卒業後は「絶対にダンサーになりたい」と思い、そのことしか考えない人生を送っていました。その後、ダンスのためにアメリカの大学に進学しましたが、リベラルアーツを専攻し、ジェンダー学などに興味を持つようになりました。
これまで、人に言われて意見を変えることはあまりなく、ダンスもアメリカ行きも、親や周囲に反対されながら決めてきました。ダンスのために渡米したものの、現地では少し違う道に惹かれ、「今の私にはこっちかもしれない」と感じながら進んでいました。コロナをきっかけに帰国しましたが、無理に帰ったというより、自分の中で「アメリカでの生活は終わった」と感じたからです。
振り返ると、やってきたことに一貫性があるかと言われると、正直あまりありません。ただ、いつも大切にしてきたのは、自分の考えや感覚を信じて、自分の道を選ぶことでした。私にとっては、それをしない方がずっと苦しく、難しい。小さい頃から、やりたいことをやる幸せを知ってしまったので、そうではない生き方の方が、むしろチャレンジだと感じています。

今の暮らしや活動は、ご自身の本音や大切にしている価値観をどのように反映していると思いますか?
本当に、全部に反映されていると思います。仕事に関しても、自分が一番大切だと思うことを事業としてやっているので、「自分に対して素直に生きる」価値観はすごく反映されています。生活面でも、自分が体現するように、今の夫とは付き合い始めた当初から「話し合うこと」をとても大切にしていて、それが二人の中で習慣になっています。
たとえば、毎週日曜日の夜7時からは夫婦の時間を取っていて、1週間を振り返りながら、①相手にされて嬉しかったこと、②してほしかったことなどを、お互いに伝え合う時間にしています。この時間は、私にとって本当に大事な時間です。

もう一つの例は、日々の暮らしの中での選択です。ショッピングすることはほとんどなくて、自分の中でちゃんと納得したときだけします。一般的に言われている「幸せの形」を全部体験していなかったとしても、自分はすごく満たされているなと感じています。だからこそ、自分の価値観とマスメディアをいい意味でしっかり分けていることが、楽に生きられている理由の一つなのかなと思っています。
人生の中で「迷い」を感じた時期はありましたか?その時、どのような考え方やツールが助けになりましたか?
2年くらい、迷っていた時期がありました。23〜25歳頃、今から5年ほど前で、セキララカードを始める前のことです。アメリカでダンサーになろうと思って行きましたが、メディア論やジェンダー学など社会的な分野に興味を持ち始めて、ダンスから少し離れていきました。特にジェンダーの問題は、自分自身の恋愛の悩みとも重なっていて、「女性はこうあるべき」「男性はこうあるべき」と、無意識のうちに自分の中でジェンダーギャップを作ってしまっていたと思います。だからこそ、ジェンダーの問題を一番深刻に考えていました。

ダンスとは違う形でその分野に関われないか考えていた頃にコロナが起き、当時住んでいたロサンゼルスはロックダウン。就活の時期でしたが何もできず、日本に帰ることになりました。高校生の頃からずっと「アメリカで生きる」と思っていたので、日本での生き方を想像したこともなく、情報も持っていませんでした。気づいたらオンラインで授業が終わり、突然社会人になっていた、という感覚でした。ダンサー時代の「自分がやりたいことをやるべきだ」というアーティスト精神が強く残っていて、どうしても自分の時間を会社に売ることができませんでした。毎日8時間、平日5日間、自分の時間を与えたいと思える会社は見つからず、いい意味で頑固ですが、生きにくさを感じていました。
そこから、自分の迷いの時間が始まりました。やりたいことは分からないけれど、お金は必要で、まずは英語講師のアルバイトをして最低限の生活をするところから始めました。毎月のやりくりで精一杯で、アメリカで芽生えた「社会のために何かしたい」という気持ちも、考える余裕がない状態でした。働けばいい、という話なんですけど、どうしてもダンサー時代の精神が抜けなくて、「やりたいことが見つからないなら、探すこと自体を一旦諦めよう」と思いました。
当時は鎌倉に住んでいて、お酒と煙草に頼りながら、少しぐれていた時期もありました。夜になると、同じような状態のご近所さんたちと集まって飲んでいて、支えになっていた部分もあれば、不思議と楽しい時間でもありました。そうして2年ほど、人生の底辺みたいな時間を過ごす中で、だんだんその生活にも飽きてきて、同時に英語の仕事も少しずつ安定してきました。
生活が少しずつ安定してくると、それまで自分のお金のことしか考えられなかったのが、友達のことや地域のジェンダー問題など、少しずつ社会に目を向ける余裕が出てきました。そして、自分の生活基準が整ったときに、「やっぱり私がやりたいことはジェンダーのことだ」と気づいたんです。人生の底辺のような生活は辛かったですが、ある意味、その時期を過ごしたからこそ、その気づきにたどり着けました。そこから、セキララカードへとつながっていったと思います。
起業家として活動することは、藤原さんにとってどのような意味がありますか?
起業家になることは、私にとって点と点がつながった思います。これまでいろいろなことをしてきて、そのたびに「何をしているんだろう」と思われたこともあったと思いますが、振り返ると全部つながっていたなと感じています。今は、自分の中でひとつの総集編のような気がしています。
学生時代は、とにかく自分がやりたいことを突き詰めてきました。その後、自分自身の悩みや違和感が、だんだん社会や政治的な問題とつながっていって、それをどう消化するかを考えるようになりました。ただ自分の中で抱えるだけではなくて、プロダクトという形にして、他の人にも考えてもらったり、消化してもらったりする。その役割を、今はやっていると思っています。
日本ではあまり前例のないやり方ですし、セキララカードのようなプロダクトも、正直これから同じことをやる人は多くないと思います。経済的な合理性だけを考えれば、大企業があえて選ばないようなものかもしれません。それでも、だからこそ自分がやる意味があると思っています。事業としての数字だけではなくて、考え方や価値観、そして自分の覚悟や心の余裕もすごく大事だと思っています。今は、自分にしかできないことをやっている感覚があります。これから何をやっても、また点と点がつながっていくんだろうなと思うと、それがとても楽しみです。

「セキララ」という言葉は藤原さんにとってどのような意味がありますか?
セキララは、人によっては恥ずかしく感じたり、ハードルが高いと感じることもあると思います。でも私にとってセキララとは、本当に自分のために、勇気を持って素直になることだと思っています。最終的にはそれが、自分のためでもあり、大切な人のため、そして幸せにつながっていくものだと思うんです。ただ傷つくものや、ただ恥ずかしいものではなく、必ず何かしらの形で自分のためになる。だからこそ、勇気を出して素直になることが「セキララ」なんだと思います。やっぱり、勇気が必要ですね。
振り返ってみて、もし昔の自分にひとつだけアドバイスをできるとしたら、どんな言葉をかけますか?
若い頃の自分に声をかけるとしたら、「やっぱり、人の意見はあまり気にしなくていいよ」と伝えたいです。本当に、改めてそう思います(笑)。

最後に、これを読んでいる方へのメッセージや、今感じていることがあれば、ぜひ自由にお話しください。
このインタビューを読んでくださっている方や、セキララカードについて知ってくださっている方の中には、「さやさんだからできたんでしょう」と感じる方もいると思いますし、実際によく言われます。でも、その考えは一旦無視してください。私はもともと、話し合うことが怖くて、傷つくことも傷つけることも避けてきた人でした。最初からできていたわけでも、強かったわけでもありません。
それでも行動できたのは、我慢してずっと不安と疑問を持ちながら生き続けている自分を想像した時に「めっちゃごめん」と思ったからです。将来の自分の幸せを願って、今の私が腹を括って、正直にパートナーに話す方が、きっと幸せになると思いました。泣きながら対面するという勇気が生まれたのは本当に自分のためで、相手のためとかではなくて、自分の幸せのためだったんです。だから私が行動できたのは自分の幸せを切実に願って、誰よりも願って、将来の自分は今よりもハッピーだっていうことを信じて行動したっていうのがありました。
日本でも世界的にも、「健康のために体を動かしましょう」「食生活に気をつけましょう」という考え方は、もう当たり前になってきていますよね。でも、「自分の心の健康のために、大切な人との人間関係を良くしましょう」っていう話は、なんでこんなに広がらないんだろうって、正直すごく怒っています。
日本でもジムはどんどん増えて、食生活やサプリが大事だという概念も、メディアを通して広がっているのに、心身の健康のために大切な人と対話することが必要だという事実は、広がらない。たぶん、それがビジネスになりにくい、短期的な成果が見えにくいなど、単純に難しいからなんだと思います。正直、ジムに行くよりも、人と話すこと、パートナーや友達とセキララに話すことのほうが、ずっと難しい。でも感覚としては同じだと思ってほしいんです。体のためにジムに行くように、心の健康のために話し出す一歩も踏み出してほしいです。
このインタビューを読んで、「なんで心のことは、体と同じように気にしていないんだろう」と少しでもハッとしてもらえたら嬉しいです。心のために、まだできることはきっとある。それは自分自身との関係かもしれないし、パートナーや家族との関係かもしれない。セキララカードは、あくまでひとつのツールとして使ってもらえたら嬉しいです。自分の幸せのために、対話を選んでほしいです。それを、私はこれからも社会に問いかけ続けたいと思っています。

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Emma's Reflection

Living honestly with herself doesn’t simply come naturally to Saya; rather, living any other way feels so unnatural that it becomes a greater challenge.
We can drift into situations or lives that don’t truly feel like our own — not necessarily because we don’t know what we want, but because it takes courage to pull ourselves in the direction our heart truly desires. As Saya shares, taking that step isn’t easy. Especially in relationships, being sekirara, candid, or open can feel deeply uncomfortable.
Yet on the other side of that honesty often lies something powerful: deeper connection to your authentic self, stronger partnership, and a true sense of joy. Thank you, Saya, for sharing this courage with us.
Do you want to learn more
藤原紗耶さんのご活動とセキララカードについて詳しく知りたい方はこちら:
・藤原紗耶さんのInstagram https://www.instagram.com/saya_fujihara/
・セキララカードのInstagram https://www.instagram.com/sekiraracard/
・公式ウェブサイト https://sekiraracard.com/



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